navigation

- About -

header_parallax_background

オジさんを“創作”する事の魅力

オジさんを“創作する”という事の魅力や意義を伝える事で、後世に続く老け専の同志達が少しでも生きやすい世の中になるよう、老け専の栄光を願い!!これから死にゆく、せめてもの間に!!オジさんをモチーフにしたポルノグラフィの戦術的価値を説きます!!(後半になるにつれ話に熱が入り表現がお下劣になっております。ご注意ください。また、それオジさん関係ないじゃん!という残酷な発言は作者を酷く傷付けます。お控えください)

1.オジさんの魅力

header_parallax_background
現実と理想の齟齬

オジさんの魅力と言えば一般的に、若い男には無い包容力、経験値の多さによる安定感、年齢に比例した経済力や社会的地位、そしてそんな大人の落ち着きの中に不意に見せる可愛らしさとのギャップといった、“経年”により培われた地力と“小さな隙”という複合的な要件が挙げられる事が多いと思います。しかし現実問題、社会に出て、自身が中年と呼ばれる年齢になった事でより確信を持って痛感しておりますが、「包容力・安定感・経済力・地位・プラスになる弱点」を兼ね備えたオジさんなど、この現実世界では滅多に出会えるものではございません。自身の事で手一杯な包容力皆無のオジさんや、新入社員にすら劣る能力と判断力を持ちながらも年功序列という悲しきシステムにより厄介なポストに居座り続けるオジさん、そして数十年前までならば自然と得られたであろう経済力ですらこの不況の波でかき消されてしまい、その上魅力を引き立たせるはずの小さな隙は、致命的な大きさになってしまっており、可愛げの欠片も見つからない。子供の頃からずっと思い描いてきた“普通の”オジさん像は、このクソみたいなリアル・ワールドを前にして脆くも崩れ去ってしまいました。しかしどうしても諦めきれなかった私は、テレビやドラマ、アニメの中に存在する“オジさんキャラ”を見ているうちに、あるひとつの真理に辿り着きました。

「この世界に絵に描いたような魅力的なオジさんが居ないのならば、魅力的なオジさんを絵に描けばいいのでは?」

かくして私は本格的に同人活動を開始し、更なる地獄へと足を踏み入れたのでした…。

オジさんを創作物に用いる利点

創作物の大きな強みは、「この人はこうこうこういう人です」という紹介さえしてしまえば、ある程度はその紹介通りの“人物像”を前提としてキャラクターを見てもらえるところにあると思います。現実世界では長い時間と労力をかけないと出来上がらない人物像が、創作物の中では少ない紹介演出と“キャラ設定”という便利な機能によりポンッと生み出す事が出来てしまう。これはとても便利!確かに説得力を持った描写や裏付けになる言動でしっかりと“キャラ付け”する必要はありますが、“経年”を必要とする魅力を手軽にセッティング出来る事はかなりの利点になります。そしてその簡易な“経年的キャラ付け”の恩恵を最も効率良く受けられるのが、年齢層の高い熟年キャラクターであると私は強く主張します。その体と心を長い時間使い込んでこれまで生きてきたんだという事実。それを予め“設定”出来てしまうという強みが、創作物の中でのオジさんキャラの魅力だと思ういます。

特にポルノグラフィにおいては、テンポの良さと即効性が非常に重要な要素になってくるので、オジさん×エロ×創作物の相性の良さは他の追随を許しません。例えば“真面目一筋”のキャラが背徳的な行為に溺れ快楽堕ちをしてしまうというお約束のようなスケベ話を作る際に、その堕ちキャラを20代男性にするのと50代男性にするのとでは、“真面目一筋”の重みも、その道から外れる衝撃も、今後の取り返しの付か無さも物凄く変わってきますよね?そんな役割、どう考えてもオジさんの方が適任じゃないですか。オジさんという“概念”は、ポルノグラフィを作る為に存在していると言っても過言ではないのです。

navigation

2.オジさんキャラに
付属する効果

header_parallax_background

次に、オジさんキャラクターに付属するお得な効果を具体的に説いていきますので、出来るだけ楽しそうな顔をして聞いていてくださいね。

長所を利用した効果

オジさんキャラの長所を端的に表現する事で得られる効果は沢山あります。まず単純にキャラの好感度を上げられるという点です。説明する程の事でもありませんが、嫌味にならない程度の長所はどんなキャラにも持たせるべきであり、長所が無いと短所も光らないので、何かしら長所があったほうがキャラクターが活きてきます。次に、その長所が脅かされる、または打ちのめされるといった“転換点”を作りやすくなる事が挙げられます。特にポルノグラフィの場合は“背徳感”や“緊張感”は重要な要素になるので、キャラクターの良い面を汚されたり侵されたりする演出が非常に有効となります。前述したとおり、“真面目”や“正義感が強い”という設定を持つオジさんを快楽により堕落させたり、“賢い”設定のオジさんが頭脳戦に敗れて貞操の危機に晒されたり、“腕っ節”だけが取り柄のオジさんが腕力に屈してされるがままに陵辱されたりと、長年その特性を“自身の武器”として頼ってきたオジさん達が、それらを無下にされる事で酷く辱められる様を描く事が出来ます。“経年”という効果も充分考慮されるので、その歳になるまでに築いてきたものが打ち負けてしまうという描写は、さぞ印象的なものなる事でしょう。オジさんは辱められてなんぼの生き物なので、まず長所を設け、そしてそれらを打ちのめすという二段構えを忘れないでください。ただこれは、打ちのめされた結果その経験が成長に繋がるポジティブ展開になるのか、それとも打ちのめされた事をきっかけに転がり落ちていくネガティブ展開になるのかといった、端的な“転換点”を作り易いという効果であって、必ずしもオジさんの長所を辱める事をオススメしてるわけではないので悪しからず。(しかしオジさんを出来るだけ効果的に辱める方法はいくつあっても問題ないので、いくらでも辱めてみてください。そしてその様子をなにかしらの媒体にして私に見せてください)

短所を利用した効果

短所は長所の“転換点”とは違って、そもそもの“原因”を作る事に適していると思います。“鈍感”だった所為で寝取られたり、“意地悪”だったり“傲慢”な性格が原因で復讐されたり、“自制心が無い”から浮気をしてしまったりと、短所を持たせる事で、起承転結の“起”をスムーズに展開させる事が出来ます。短所にも機能の違う2種類が存在しており、所謂“コンプレックス”として自覚があるものと、全く無自覚に他人を害しているものとがあって、前者は能動的な原因を作りやすく、後者は受動的な原因を作りやすい。特に無自覚な短所はそのキャラに“100%の非”を持たせやすいため、より物語の発端を明確に表現する要素として役に立ちます。また、コンプレックスという意味での短所は、他人の長所を嫉妬により相対的短所に変換してしまう機能もあったりするので、人気者への逆恨みを発端とするような理不尽で不条理なストーリーを形成しやすかったりします。

長所と短所は相互的に効果を発揮し合うので、オジさんをより良い形で辱める手段として存分に活用しましょう。

社会的地位や関係性としての効果

オジさんキャラというのは、登場人物の中で年長者であったり、組織の取りまとめ役だったりと、立場の強いキャラに仕立てやすく、ポッと登場した時点で、既に何かしら社会的地位や権力を持っているという状態にしやすいキャラクターであり、これらの理由から、オジさんキャラは立場や権力を利用する事で背徳的な行為におよぶというポルノグラフィ御用達の切り口を作るのに非常に適しています。更に、権力を持っているからこそ、その立場を脅かされるような描写も描きやすくなってくるわけです。ですので、手っ取り早く“下克上モノ”を作る場合は是非下克上される側としてオジさんを活用していただきたい。なんたってオジさんは非常に便利なのだから。立場を上に描きやすいという事は、そこから転がり落ちるという流れを作りやすいという事でもあります。本来手綱を握る側のオジさんが快楽に抗えず下の立場の者に屈服してしまう…。これは全人類が好む展開ではないでしょうか。その場合、2人の立場や歳の差は出来る限り離した方が作品としてのアドバンテージが取れると思いますので、是非参考にしてみてください。

それはそれとして、オジさん同士もまた乙なものです。お互いに歳をとってしまったからこその逡巡、同年代だからこその対抗心、自分達の関係を客観視した時の気恥ずかしさ、そういったものが逆に初々しさとなって溢れ出てきて、我々を狂わせる。また、オジさん同士にも社会的立場の違い、歩んできた人生の違い、獲得した経済力の違いを持たせる事で、初めからから立場が違うという状況とはまた違った“立場の差”を生む事が出来ます。同年代同士の方がより屈辱や嫉妬を表現しやすかったりするので、是非オジさん同士の作品も作ってください。お願いします。

家庭の有無による効果

これはオジさんキャラに付属する最も大きな効果のひとつとも言えます。まず結婚しているのかどうか。そしてその結婚は恋愛から発展したものか否か。それらの違いでそのオジさんの甲斐性や男としてのモテ度を明確に演出する事が出来ます。“番(つがい)”という抱き合わせ商法はより強く明確なキャラ付けをしやすく、オジさんが結婚している場合、パートナーはどんな人なのか、パートナーとの仲は良好なのか、パートナーに必要とされているのかといった、社会的な意味での“雄度”を測るエッセンスを盛り込む事が出来るのです。そしてなにより、オジさんを“父”というドスケベな生き物に変える重要なファクターが、この“家庭の設定”には盛り込まれています。父となる事で、そのオジさんには頻繁に“中出しセックス”をする習慣、もしくはそういった時期が存在していたという恥ずかしい情報を公開してしまう事となり、途端に股間に“済”マークが付いてしまいます。どんなに物腰が柔らかで優しく穏やかな性格のオジさんでも、父である以上は“中出しセックス”という本能剥き出しの繁殖行動を成し遂げているわけで。その事実を公然のものとしながらも何食わぬ顔で子供を見守り育んでいるなんて、“父親”というキャラクターはどこまでスケベな生き物に成れば気が済むのでしょうか。恥を知ってほしい。物語を作る上での制約と誓約のひとつに、壊すべきでは無いルールや状態を設けておき、それらをあえて破壊する事で興奮を強めるという手段があるため、ポルノグラフィにおいて“結婚をしている”だったり“子持ちである”という条件を“設営”しておく事は、後に訪れる逆カタルシスのためにとても有効です。現実の世界ではなかなか出来ない“柵越え”をする事が創作物の存在意義だとも思うので、心を傷める事無く手段なのだと割りきって、心行くままにお父さんの下半身と貞操観念をだらしなくしてしまいましょう。家庭を破壊する悪いチンポをぶらさげたダメな父親という最高に滑稽でスケベな存在を、存分に架空の世界で大暴れさせてください。私は皆さんがそんなスケベなお父さんを食べきれないくらい沢山具現化してくれる日を待ち続けています。

また、逆カタルシスに至らないとしても、父親になったオジさんキャラには沢山の卑猥な効果を付属させる事が可能です。オジさんとは、本当に便利な存在ですね。前述にて“子作りをした”という事実を大げさに囃し立てたのと同様に、父親になったオジさんには“当たり前の事だけど大げさにするとエロく感じる事”が多数発生してしまいます。自らの肉体の機能を一旦切り替えて母親になる女性と違って、男性は種を撒いた後もこれまで同様に種を作り続ける事を止められない。この事実が冷静に考えると酷く滑稽でとびきりエロい!新しい生命を生み出すという偉業を成し遂げ、父親という誇り高い肩書が付いたにも関わらず、体はこれまでと変わらず成人男性としての機能を維持したままなので、股間にぶら下げた2つの玉を定期的に軽くしなくてはならないという習慣は変わらず、平均3日周期でミルクタンクが満タンになる計算でいくと、どんなに子煩悩で優しいお父さんでも、思った以上に頻繁に射精をしなくてはならないわけです。お父さん達の主な射精はおそらく夫婦の営みによるものかもしれませんが、もしその営みが無くなってしまったら?まだまだ射精して生きていかなきゃならないのに、もし奥さんに拒まれたりリタイアされてしまったら?もういい加減落ち着いてもいい歳になっても射精が止まらなかったら?男性の備わった当たり前の機能としての射精を止められないお父さん達を捕まえて「えー!?お父さんになったのに、まだ射精してるんですかー!?」と大げさに辱めた時にこそ、“父親”という存在は恥ずかしく光り輝くのです。まあ普通にオナニーくらいしてるでしょ?欲を出してオナホだって使ったりするんじゃないの?で済む話を、「えー!?子供が居るのにオナホールなんて使ってるんですかー!?嘘でしょー!?」と騒ぎ立ててみると、途端にエッチな存在になるでしょう?父親とは、これまでヤッていた事を今も続けているだけなのに何故か卑猥に見えてしまう、ポルノグラフィにとっては絶好の“スケベ装置”であると断言出来るでしょう。

navigation

3.オジさんの肉体が持つ
経年的卑猥さ

header_parallax_background

続いて、オジさんキャラの肉体的“デザイン”と、見た目から得られる“解釈”としての卑猥さについて話をしていきます。そうです、皆さんが大好きなチンポの話です。

経験値を想起させるデザイン

単純な話、陰部の色という視覚的情報だけでも、キャラ付けとして大きな効果があったりします。チンポが黒ずんで重い色をしていた方が経験値高そうに見えるというアレですね。これ実は医学的根拠に基づくものでは無く、血流やメラニンの関係で加齢とともに陰部が黒くなるのは普通の事であり、年を取ると血流が悪くなって色が黒ずむという加齢による“当たり前”の事実を、男達がセックス・オナニーの回数=色の黒さというステータスに置き換えたため、このような認識になったらしいです。しかし通説として“使用頻度が高い=黒い”という認識は世間に広まっているため、オジさんを“デザイン”する際にはまだまだ根強い効力を発揮してくれます。逆もまた然りで、オジさんの乳首や陰部をあえて健康的で若々しい(可愛らしい)色合いにする事で、若さ=未熟さ=経験数が少ないという印象を持たせる事も可能です。色だけではなく、サイズや形に関しても同様の事が言えます。このようにオジさんキャラがどれだけ局部を使い込んできたかどうかの情報をデザインとして付与する事で、そのキャラの“性的な行為に対する距離感や頻度”を演出する事が出来るのです。これは比較的簡単に施せるわりには効果の大きい“印象操作”であり、見た目だけでそのキャラの“自信”や“これまでの経験”を想像させる事の出来るありがたい圧縮表現だと思います。ポルノグラフィにおていは、チンポのデザインひとつを取っても重要なキャラ付けになるのです。

だらしなさという隙

オジさんが格好良いキャラや逞しいキャラとしてではなく、“どこでも居る普通のオジさん”として描かれる場合、その多くがビール腹の緩んだ体型をしている事が多く、ストレート向けのポルノグラフィにおいては、美少女との対比を際立たせるために“モブオジさん”として登場し、そのだらしのない肉体を効果的に見せつけてくれたりします。“オジさんとはだらしない体つきをした生き物である”という一般的な認識があり、この“だらしない体つき”こそ、最初に話した“プラスになる弱点”の重要な要素なのではないかと私は考えています。目に見えた“だらしなさ”には、単純に自身の肉体を引き締める事を怠っているという事実、それから自身の肉体を引き締める事を怠っても問題無いという状況、更に言うと自身の肉体を引き締める事を怠ってもかまわないという本人の自覚、等が連想されます。この“自身の肉体に性的な魅力なんて無い”という認識の甘さこそ、オジさんの可愛らしさであり、迫りたくなってしまう性的な魅力なんだと思います。オジさんには、スケベな事から遠のいているからこそスケベに見えてしまうという矛盾的魅力が確かに存在している思います。前述した“父親の卑猥さ”と同様に、一般常識として“エロいモノ”というカテゴリーに属していないオジさんという存在を、どれだけスケベに囃し立てる事が出来るかというのが、オジさんをモチーフにしたポルノグラフィの最も重要な課題だったりします。自身の肉体を魅力的では無いと考えていながらも、そこにまだかすかに恥じらいが残っている状態。そんな風前の灯火のような恥じらいを過剰に膨らましていく事が、オジさんを“創作物としてエロく見せる”という“挑戦”なんだと強く意識しながら私は制作に取り組んでおります。だから皆さんも、他人からからスケベな目で見られているなんて微塵も思っていないオジさんが、「嘘だろ…!?俺ってこんなにもエッチだったのか…!!」とパニックを起こしてしまうようなスケベな作品を作り、私の目の前に並べてください。健闘を祈ります。

“濃度”のコントロール

これは肉体の形に限った話ではないのですが、ただ無尽蔵にオジさんがエッチな事をして射精しているだけのように見えて、ポルノグラフィというのは物凄く見る人への“配慮”が必要なジャンルだなぁと常々感じています。だから作品のコンセプトやターゲット層の違いによって、“濃度”のコントロールをかなりシビアに気にかけていたりします。例えばリアルでもオジさんの肛門だろうがどこだろうが平気で舐められますみたいなガチガチな人に向けて作る作品と、二次元内のオジさんのある種“形骸的なエロ”を求めている人に向けて作る作品とでは、絵作りの制約にかなりの差が出てくるんです。“許容値”とでも呼べばいいのか、コンセプトに見合った絵柄の“統制”が必要なんですよね。シンプルなところから例を上げると、陰毛を描くか描かないかだけでも見てくれる人の層が変わるし、ザーメンの色に黄みを混ぜるか完全な白にするかの違いでも見る人を選ぶし、お爺さんの体を現実に近づけるか万人に受け入れられる創作物寄りにするかでも手に取ってくれる人の顔が変わる。エロという分野は捨てるところが無い分、食べたいと思う箇所も人それぞれで、かなり細分化されているんですよね。だからその“狙い”をある程度きっちりさせておかないと、作品のコンセプトと絵の濃度がズレてしまい、「絵には満足出来たけど話はちょっとズレてたな…」という反応と「話は好きだけど絵が濃すぎるな…」という反応が同時に出てくる、なんて事もしばしば。特にオジさんをモチーフにするポルノグラフィはただでさえ見る人を選ぶものなので、常に世間の共通認識や流行りを取り入れながらも、自分の作風の効力が最大限に発揮されるよう意味のあるコントロールを心掛けています。本物のオジさん好きに満足してもらえるような濃さを残しつつ、間口を広げるためのフラットさ自然に取り入れていく。そんな多くの人に愛されるオジさんのチンポや射精表現をこれからも目指していきますので、何卒宜しくお願いいたします。

“濃度”のコントロールついては別途資料をまとめましたので、お暇な時にでも是非ご覧ください!

“濃度”のコントロール

navigation

4.作り物である事の意義

header_parallax_background
過剰表現という最大の武器

これまでオジさんキャラクターが設定という意味で使い勝手の良い素材であるという事を延々と説明してきましたが、最後に、それらを踏まえた上で、更にそこからその設定を増幅させたり覆してしまうような“過剰表現”が出来る事こそ、ポルノグラフィの醍醐味であるという事をお伝えしたいと思います。

現代はインターネットを利用する事で簡単に“実在”するエッチなオジさん達を目にする事が出来る非常にありがたい時代であり、同時に、答えが先にわかってしまうが故に“妄想力”を鍛える機会に恵まれない少し寂しい時代だとも思います。その中で、実在するオジさんが辿り着けない領域へ創作物のオジさんを到達させてやる事こそ、ポルノグラフィーを作る意義ではないかと私は考えております。実在するオジさんの筋肉量には限界があります。しかし創作物であればオジさんは山のような筋骨隆々な大男にだって成れます。実在するオジさんの社会的権力には限りがあります。しかし創作物であれば宇宙を支配するオジさんだって作れます。実在するオジさんは誰しもが英雄ではありません。しかし創作物でならどんなオジさんもヒーローになれます。実在するオジさんは空も飛べないし未来を予測する力だって持っていません。しかし創作物の世界ならばその両方の力を兼ね備えたオジさんだって生み出せるのです。

実在しないオジさんだからこそ出来る事がある。まずはその前提をフルに活用する。そしてそんな何にでも成れる、なんだって出来る、どんな選択だって可能なはずのオジさん達が、みんな揃いも揃って結局金玉に支配され、チンポを擦る事に執着し、気持ちの良い射精をするために全てを投げ出す姿を描く事こそ、オジさんという“概念”を徹底的に辱める最高の手段だと私は確信しております。実在するオジさんの大半は中学生のような勃起はしません。しかし創作物のオジさん達はいつだって10秒あればガチガチに勃起出来ます。実在するオジさんは、どんなに絶倫でも無限には射精を続けられません。しかし創作物の世界には四六時中射精をし続けるオジさんだって存在し得るのです。実在するオジさんは渋谷のスクランブル交差点で突然裸になってオナニーを始めたりはしません。まあ極稀にそういうオジさんも居るでしょうが、創作物のオジさんならばそんな後先考えない行動も手軽に実行させられます。面倒なルールもモラルも介在しない!!倫理観なんて放り投げてやりたい放題やれるのが創作物の最高!!創作物のオジさんバンザイ!!救いようのないくらいスケベな架空のオジさん達バンザーイ!!そんな熱い思いを胸に抱きながら、オジさんに対する無様な執着だけを原動力にして、我が「笑うびてい骨」は活動を続けております。

この豚の餌にもならない文章をここまで読んでしまったそこのアナタ!!アナタには素質があります!!是非今すぐにでもペンを持ち、迷わずエッチなオジさんを生み出す活動を開始してください!!私はいつだってアナタ達のようなスケベなオジさんマニアの皆さんがこの世界を支配して、辟易する量のオジさんポルノグラフィが市場に溢れる日を心待ちにしております。ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

笑うびてい骨 どぶねずみ

navigation